礼拝、説教    次週の礼拝是非お出掛け下さい。

 

                                                    礼   拝

 

礼拝は、神と人との交わりの場、出会いの時です。み言と聖餐を通してキリストを受け、祈り、讃美、信仰告白、献金などを通して、みずからを神に献げます。私達の信仰と生活の原点がここにあります。

次週の礼拝
             聖霊降臨節 第17日礼拝

               

  

    2017・9・24(午前10時15分~11時30分)

 (*支障のない方はお立ち下さい)
招き                前奏
                * 招詞     詩編60編3節~4節

                * 頌栄           544番

                * 主の祈り  

悔改め         * 讃美歌    234A番          

      * 交読文      42 イザヤ書40章

神の言           旧約聖書   申命記2編1節~8節
            新約聖書     コリントの信徒への手紙二8章14節~15節

                     祈祷
                 * 讃美歌       298番              

説教              「わたしを強めてくださる方のお陰で」 小河 信一牧師    

                     祈祷           
                 * 讃美歌     268番

                 * 使徒信条

感謝・献身        献金
                     報告
                 * 讃詠        545番
祝福・派遣        祝祷
                     後奏

 

 

説  教(礼拝)

「主の命令により向きを変える」
申命記1章9節~18節
マタイによる福音書11章28節
20170917説教.MP3
MP3 オーディオファイル 51.8 MB
「造り主の代わりに造られた物を拝む」
ローマの信徒への手紙1章24節~32節
エレミヤ書13章23節~27節
20170910説教.MP3
MP3 オーディオファイル 52.7 MB
「御父は御子を愛しておられる」
ヨハネによる福音書3章31節~36節
詩編121編1節~2節
20170903説教.MP3
MP3 オーディオファイル 33.2 MB
「この方が栄え、わたしは衰える」
ヨハネによる福音書3章22節~30節
ヨブ記24章22節~24節
20170820説教.MP3
MP3 オーディオファイル 39.4 MB

説  教 (月報より)

  

 

8月説教

 

 

   神は信じる者を救われる

 

  (大人と子どもの合同礼拝)

 

ローマの信徒への手紙 10章9節~10節    

 小河信一 牧師

 

 

 

今日は、キリスト教の中心、エッセンス(最重要なこと)について、子どもたちと一緒に耳を傾けたいと思います。求道者の方や子どもたちには、分からない部分もあるかも知れませんが、今分からないとしても、しっかりと心に刻むようにと願います。

 

本日の新約聖書箇所に、二回「救われる」という言葉が出て来ます。

 

ローマの信徒への手紙10:9-10――

 

9(あなたが)口でイエスは主であると公に言い表し、(あなたが)心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。

 

10 実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。

 

この二回の「救われる」について、原語・ギリシャ語を確認すると、9節の方は、 you will be saved と受動態の動詞で、10節の方は直訳「そして、人は口でもって救いに向かって告白させられる」と名詞であることが分かります。

 

「救われる」(受動態・受け身)というのは、誰かがあなたを救う、ということです。あなたの立場から言えば、誰かによって救われる、ということになります。そして、後節で「救いに向かって」と重ね合わされているのは、その救われたことを、あなたはいつまでも忘れないように、ということです。

 

さて、私たちは、どうして教会に来るのでしょうか? あるいは、何のために、キリスト教を信じているのでしょうか?

 

皆さん、いろいろな理由を考えるかも知れません。幸せになりたいから。なるべく喜んでいたいから。

 

聖書は、救いを受けること、救われることが、重要であると私たちに教えています。

 

皆さんは、救われることが大事だと思っていますか? 本当に、救われたいと願っていますか?

 

まず、私たちの身の回りの生活の中から、「救われた」という出来事を探してみましょう。

 

①病気が治る。重い病気から救われる

 

②野球などの競技スポーツで、相手の失策・失敗により、あるいは、自分たちの()(さく)やアイデアにより、ピンチから救われる

 

③一度試験で悪い点をとった後、追試やレポート提出で救われる。無事、進級・卒業出来る。

 

だいたいマイナスの状態からの回復が多いのですが、私たちは多かれ少なかれ救われるということを経験しています。中には、(にせ)の「幸福」または「金(もう)け」に関わる勧誘に引っかかりそうになったけれども、運良く救われたということもあるでしょうか。それで、つましくも幸いな暮らしが守られたという人もいるでしょう。このように、言葉に出して「救われた」と叫ばなくても、心の中で、しみじみと「救われた」と思うことは、遠い世界のことではないでしょう。

 

それから、皆さんのよくご存知の曲「アメイジング グレイス」の中にも「救われる」という話が出て来ます。

 

Amazing grace, how sweet the sound

 

驚くような神の恵み なんと美しい響きなのでしょう

 

That saved a wreck like me 

 

神の恵みは 私のごとき()(せつ)した人間をも救ってくださった

 

wreck という英語はもともと「難破させられた」という意味で、つまらない人、いいかげんな人、失敗ばかりする人を表しています。そういう人間を「神の恵みが救った」、すなわち、人間の側から言えば、神の恵みによって「救われた」(受動態)と(あか)しされています。

 

「アメイジング グレイス」歌詞全体から見ると、どうしようもないこの私が、絶望、盲目、傲慢(ごうまん)な心、危険、(むな)しい労苦、不安、誘惑などから救い出された、と歌われています。

 

ところで、旧約聖書の人物、アブラハムもまた、救われるべき人であり、実際、神によって「救われた」人でした。アブラハムは、「救われた」人として私たちが見ならうべき(せん)(だつ)です。

 

アブラハムは、神の約束(創世記12:213:15-1615:4-518:18-19)により、息子ならびに星の数にも比する子孫が与えられると告げられていました。その神の約束について、自分同様に年老いていく妻サラと、何度も語り合ってことでしょう。その約束が最初に示された時、アブラハムは75歳でした(創世記12:4)。神の救いが成し遂げられるまでの間、アブラハムは時に心苦しく、また心細くなったに違いありません。

 

それから、25年経た時、サラは男の子を産みました(創世記21:2,5)。アブラハムはもう100歳になっていました。25年待たされたけれども、アブラハムとサラは最初の約束通りに「救われました」。

 

その途中で、アブラハムは、神に向かってこう述べました。

 

創世記15:2――

 

アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。わたしに何をくださるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」

 

要するに、アブラハムは、神の圧倒的な約束に対し、「もういいです」というような、あきらめの姿勢を取ったのです。あきらめ、(いな)、「家の(しもべ)が跡を継ぐこと」で何が悪いのでしょうか、という開き直り、自己満足の姿勢とも言えます。私は「それで幸せです。救われています」と、神に反論せんばかりです。

 

しかし、神の圧倒的な約束は、アブラハムのあきらめ、思い込み、安易な道・手段への誘惑などを超えて、現実のものとなりました。神により「救われる」というのは、いわゆるマイナスの状態からばかりではないことが分かります。神は、人間が抱く「救い」をはるかに超えた「救い」を私たちに与えられるお方です。それは、神に逆らう罪人、それに価しない貧しい者に与えられるからこそ、 Amazing grace 神の驚くべき恵みなのです。

 

自分が良いと思い込んだ道……実は間違っている道……ではなく、神の指し示される道を行くことが大切です。それが、真に神により救われるということなのです。

 

このようにしてアブラハムとサラが受けた救いは、彼らが考えていたことを、はるかに超えたものでした。それが、キリスト教の救いの特徴です。それは圧倒的なものです。アブラハムとサラにまだ子どもが生まれてない時に、神は神の家族においては、天の星あるいは大地の砂粒のように、その子孫が増し加えられていく、と約束されました。これは、天と地の神を仰ぐ信仰をもって受け止めるべきことです。

 

それでは、人間の予測を超えた「救い」にあずかりたいと、私たちが思うその「救い」はどこから来るのでしょうか? 人間の努力? 茅ヶ崎香川教会のチームワークの良さ、あるいはその結束力?

 

そこで、今回の伝道強化週間のチラシに記されている聖句を読んでみましょう。

 

詩編121:1-2――

 

1 目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。

 

わたしの助けはどこから来るのか。

 

2 わたしの助けは来る

 

天地を造られた主のもとから。

 

1節と2節にある「助け」は、「救い」と同じ意味です。その救いは、山々から、富士山や大山から来るのではありません。「天地を造られた主のもとから」助け・救いは来る、と告白しています。

 

山々を見渡しながら、この人は祈っていました。そこで、日常生活のさまざまな不安がよぎったかも知れません。しかし、自分は神に出会った、神によって救われた、そのことを思い起こし、救いは神のもとから来る、と讃美したのです。

 

より丁寧に言えば、神のもとから救いはすでに来た、それ故に、今も私たちの周りに救いは来ている、そしてさらに、救いはこれからもやって来る、ということです。

 

ところが、神から救いは来ると言うけれども、なかなかそれを信じられない、あるいは、しっかりとそれを受け止められない、とつぶやく人がいます。そこで、再びローマの信徒への手紙10:9-10を読んでみましょう。

 

9(あなたが)口でイエスは主であると公に言い表し、(あなたが)心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。

 

10 実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。

 

ここには、あなたは神によって救われたのですよ、ということを、信仰をもって受け止める際のヒントが書かれています。

 

要約して言えば、「あなたが救われた」ことを、あなたの口とあなたの心の中で、信じ告白しましょう、となります。

 

なぜ、あなたの口と心が大切かと言えば、「御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある」(ローマ10:8)からです。

 

ここで、自分は口べただからとか、あるいは、自分は心など制御(せいぎょ)できないとか、思い悩むことはありません。「御言葉はあなたの近くにあり」とは、御言葉が一方的に、あなたの口と心の奥深くに入り込んで来るのです。

 

神の前に、自然体で立つ、あなたの口と心をリラックスする(緊張をほぐす)のです。そうすれば、神が、あなたの口の中に、またあなたの心の中に(申命記30:14∥ローマ10:8,9)、必要なことを与えられるのです。神の側から、救いをやって来させ、私たちの遠慮や抵抗を乗り越えて、私たちに対する救いの業を成し遂げてくださいます。

 

この礼拝で、あなたの口の中とあなたの心の中において、讃美します。私たちの口と心が讃美に用いられます(参照:讃美歌Ⅰ-193節)。それは、神が最も喜ばれることです。またそれは、神が確かに「私を救われた」ことに対する信仰告白であり感謝であります。神が私たちに、讃美する口と心を備えてくださいます。このように讃美を通じて、私たちは潔められ、あるいは洗礼の洗い清めを想起させられて、神からの救いが受け取られるように導かれるのです。

 

「神は信じる者を救われる」との説教題にあるように、神が主役です。神が救いを与えてくださるのです。またここに、「信じる者」とありますが、私たちは何を信じるのでしょうか?

 

ローマの信徒への手紙10:9――

 

(あなたが)口でイエスは主であると公に言い表し、(あなたが)心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。

 

ここに、二つ、信じるべきことが記されています。

 

一番目は、「イエスは主である」ということです。

 

普通に考えれば、主人公は「私・自分」でしょう。誰だって、そう思います。今の自分に満足していない人も「変わっていきたい」と切望します。やはり、自分が活躍したいと思うし、自分が大切なのです。

 

しかし、ほんとうに、「よりよくなりたい」または「自分を大切にしたい」ということを実現しようと願うなら、まず、「イエス・キリストが主である」ことから始めねばなりません。

 

モーセの十戒の第一戒に、「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」(出エジプト記20:3)と記されています。古くから、人々に「我らの神、主は唯一の主である」(申命記6:4)ことが教えられ続けてきました。裏を返せば、それほどまでに、自分あるいは英雄や偉人を「主」として祭り上げ、神を「主」の座から引き下ろしてきたか、ということです。

 

信じるべき、二番目のことは、「神がイエスを死者の中から復活させられた」です。

 

これは、一番目の、神あるいはイエス・キリストが主であることが、なかなか分からないという私たちに向けられています。

 

父なる神は、この世に、イエス・キリストを遣わされました。神の座から来られたイエス・キリストが私たちの「主」であることを現されました。主イエスは、人間の姿で現れ、私たちに、救いの御言葉と御業を示されました。そうして、私たちを、イエスの御名にひざまずき、神をたたえるように導かれたのです(フィリピ2:7-11)。

 

最後に、ローマの信徒への手紙10:9-10に二回出て来る「救われる」という言葉について、しっかり(とら)えましょう。

 

私たちは、苦しみや悲しみ、あるいは、思い込みや他者を顧みないような自己満足などから解放されるとようにと願います。しかし、私たちは、そこから助け出されなければならない、究極のもの……災いの根っこにあるもの……は、何でしょうか?

 

聖書によれば、それは、死ぬことと罪を犯すことであると教えています(イザヤ書53:12、ローマ6:238:2)。

 

それ故に、神はイエス・キリストを遣わされ、十字架につけられ、三日目によみがえらせました。そして、永遠の命を私たちに与えてくださいました。最も大事なことは、主イエス・キリストの十字架と復活により、私たちが死と罪から解放されること、死と罪から救われることです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.7月説教
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