礼拝、説教

主日礼拝 2020年 8月9日  

聖霊降臨節 第11主日

 

 

招き   前奏

招詞   詩編59編 17節~18節

 

主の祈り  (交読文 表紙裏)

 

 

旧約聖書 列王記下20章1節~11節(P.614)

新約聖書 ヨハネによる福音書11章35節(P.190)

祈祷

 

説教   「涙を流し激しく泣いたヒゼキヤ」

               小河信一 牧師 (※下記に録音されています)

祈祷             

讃美歌  Ⅱー182

使徒信条 (交読文 1頁) 

 

献金

讃詠   546

祝祷 

後奏

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2020年8月2日「寛大な心で耐え忍ばれた神」
イザヤ書10章20節~23節
ローマの信徒への手紙9章19節~29節
200802_0035.MP3
MP3 オーディオファイル 31.3 MB
2020年7月26日「イエスは涙を流された」
列王記17章15節~18節
ヨハネによる福音書11章28節~37節
200726_0034.MP3
MP3 オーディオファイル 30.9 MB
2020年7月19日「悔い改めて神のみもとに帰る」
詩編25編5節
ルカによる福音書16章19節~31節
200719_0033.MP3
MP3 オーディオファイル 27.4 MB
2020年7月12日説教「「取って食べなさい」
マタイによる福音書26章26節~30節
200712_0032.MP3
MP3 オーディオファイル 29.7 MB

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〈説教の要約〉

2020年 8月9日                                       

旧約聖書 列王記下 20章1節~11節

新約聖書 ヨハネによる福音書 11章35節

      「涙を流し激しく泣いたヒゼキヤ」

                      小河信一牧師

 

説教の構成――

Ⅰ (かご)の鳥……ヒゼキヤとはどんな人物なのか

Ⅱ 家族に遺言(ゆいごん)しなさいと命じたイザヤ

Ⅲ 祈り、激しく泣いたヒゼキヤ

Ⅳ ヒゼキヤと都を救い出す神  

Ⅴ 三日目に主の神殿に(のぼ)れる

 

Ⅰ (かご)の鳥……ヒゼキヤとはどんな人物なのか

ヒゼキヤ」という名は、「主は強めたもう」という意味です。「彼は、父祖ダビデが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく(おこな)った」(列王記下18:3)と評価された王でした。しかしながら、ヒゼキヤの人生は、大国アッシリアの脅威によって翻弄(ほんろう)されました。

おおざっぱに言うと、ヒゼキヤは紀元前8世紀、20代で南ユダ王国の王となり(列王記下18:2)、30代から40代の間に「死の(やまい)」の宣告を受け(列王記下20:1)、そして50代で生涯を終えました。中近東世界では紀元前8世紀から7世紀にかけて、アッシリア帝国が圧倒的な支配力を誇っていました。小国「南ユダ」の指導者ヒゼキヤに、外交の手腕が問われたのは言うまでもありません。

同時に、アッシリアの政治支配は宗教支配を意味していましたから、ヒゼキヤは異国の祭儀導入に対しても戦わねばなりませんでした。アッシリアへの反乱を主導しつつ、ヒゼキヤは偶像崇拝の要素を礼拝から取り除き、神殿を(きよ)めました(歴代誌下29:3-11)。その一環として彼は、ラッパ・シンバル・竪琴などの奏者を礼拝に配置しました(歴代誌下29:25-2830:21)。彼自身、病が癒された時、

主はわたしの救い主 

わたしたちが生かされている日々いつも、わたしたちは音楽を奏でよう」(イザヤ書38:20 私訳)と、主を賛美しています。ヒゼキヤは自分が救われた喜びを、音楽をもって「わたしたち」に伝えています。聖書の朗唱と(がく)()いつも、ヒゼキヤの激務を包んでいたのです。

しかし災いなるかな、ヒゼキヤ在世中の722年、外交ならびに信仰の面で、盟友(めいゆう)と言うべき北イスラエル王国がアッシリアによって滅ぼされました。ヒゼキヤは最後の(とりで)として、ユダヤ民族の存亡(そんぼう)の危機を背負うことになりました。

ヒゼキヤ王にとって、「アッシリア問題」がいかに心労であったか、察するに余りあります。そのヒゼキヤの心中を推し量りうる、貴重な聖書外の資料があります。「センナケリブ六角柱碑文」(ニネベ出土)には、前701年、アッシリア王センナケリブの主導したエルサレム包囲が記録されています。

「ユダのヒゼキヤは、私(センナケリブ)の(くびき)を負わなかった。そこで私は、丸太を敷いた斜面を踏み固め、攻城兵器による突撃や歩兵の襲撃を駆使(くし)して、(城内侵入のため)突破口・坑道(こうどう)掘りの対壕(たいごう)作戦を進めた。これによって、ヒゼキヤの46の城壁を備えた要塞都市及びその周辺の無数の村々を包囲し、征服した。…… 私はヒゼキヤを(かご)の鳥のように、エルサレムに閉じ込めた。私は厳重に警備部隊を置いた。」

「籠の鳥」だったとは、まさに心憎いばかりの表現です。結論的に言えば、南ユダの王ヒゼキヤは、エルサレムにおいてだけなんとか持ちこたえることができました(参照:イザヤ書1:4-9)。アッシリア王に屈服し朝貢(ちょうこう)しましたが、ヒゼキヤは国と王位とを保ち続けました。

列王記下20:1-11のエピソードは、そのようなヒゼキヤの人生の日々を(かい)()見せてくれます。そこでまた、私たちは「なんとか持ちこたえている」ヒゼキヤに出会うことになります。

 

Ⅱ 家族に遺言(ゆいごん)しなさいと命じたイザヤ

列王記下20:1――

そのころ、ヒゼキヤは死の(やまい)にかかった。預言者、アモツの子イザヤが訪ねて来て、「主はこう言われる。『あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい』」と言った。

冒頭の「そのころ」というのが、701年、アッシリアのセナケリブによりエルサレムが攻囲されるという出来事の前なのか、後なのか、はっきりしません。もし、ヒゼキヤが「死の病」に(おか)された方が先であるならば、国家を巻き込む試練の前に、彼は個人的な試練を経験していたということになります。

いずれにせよ、「死の病」によって、またアッシリア軍の攻囲によって、ヒゼキヤは「籠の鳥」、すなわち、自力に頼って逃げることが難しい状態に、持ちこたえ得るかどうか、人生の岐路(きろ)に立たされました。

死の病にかかった」ヒゼキヤにぴったり寄り添うかのように、預言者イザヤが訪ねて来ました。これは、ヒゼキヤの危難に際して、神の執り成しが初めから終わりまであったということです。

家族に遺言をしなさい」……厳しい命令ですが、イザヤは今為すべきことを、王に伝えました。

家の者への遺言とは具体的には、後継者を指名するということです。なお、「家族に遺言をしなさい」は「家の中を整理しなさい」とも訳せます。大事な時に向けて、身の回りと自分の気持ちを整えなさい、という助言は今も(ふる)びることがありません。

 

Ⅲ 祈り、激しく泣いたヒゼキヤ

列王記下20:2-3――

2 ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った。3 「ああ、主よ、わたしがまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い起こしてください。」こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた。

ヒゼキヤに寄り添うイザヤの言動に続いて、主役ヒゼキヤの様子が描き出されます。

顔を壁に向けて」、つまり、独りでヒゼキヤは神に祈りました。「ところが、(ちょう)(ぜい)(にん)は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った」(ルカ18:13)という祈りと同様に、神に向き合う真剣さが伝わって来ます。

ここでヒゼキヤは、神に仕えてきた自分自身の人生を振り返り、神にそれを「思い起こしてください」と懇願しています。それ以外に、神への願い求めが何も無いのは注目すべきことです。「命を取らないでください」とも、「主よ、残酷すぎます」とも言っていません。

神は、「ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた」のをご覧になっていた、それで十分なのです。神はヒゼキヤの心の内をご存知でありました。

今、新約聖書のヨハネ福音書講解説教で、「死んで生き返るラザロ」にまつわる出来事(ヨハネ11:1-44)を読んでいます。その出来事との関係で見ると、「ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた」というのは、「イエスは、マリアが泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て……」ならびに「イエスは涙を流された」(ヨハネ11:33,35)に並行しています。

「死の病に冒された」と「実際に死んだ」、本人と親しい者との違いはありますが、イエスはじめ人々が泣いているのは、死を()めることは「できない」という無力さを現しています。その点では、すべてのものを打ちのめす、死の大きな力に向き合っています。目をそらしていません。

ヨハネ福音書の方に、本人ラザロの言葉は記されていません。他方、私たちは、突然病に(おそ)われたヒゼキヤの様子や思いを知ることが出来ます。列王記下20:1-11のエピソードに、私たちがリアリティを感じるのは、「自分はまだ生きたい。やり残していることがある」という多くの人の気持ちと重なり合うところがあるからでしょう。

イザヤ書38:10 (列王記下20章の並行記事)――

わたし(ヒゼキヤ)は思った。

人生の(なか)ばにあって行かねばならないのか

陰府(よみ)の門に残る(よわい)をゆだねるのか、と。

確かに、30代から40代(推定)というのは、「人生の(なか)」です。「朝日が力強く昇りゆくような日の出の勢いで駆けていたヒゼキヤの人生の途上に、陰府(よみ)の門が、滅びの穴がぽっかりと夜のように暗い口を開けて待っていたのです」(拙著『聖書の時を生きる』、100頁)。アッシリア問題も、礼拝改革も、まだ人に任せられるような状態ではない、という思いがヒゼキヤにはあったことでしょう。

列王記下20:2-3を整理すれば、こうなります。

ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた」というのは、人生のどん底を見た、もはや自力では脱出不能の()()(ぎわ)に立たされたということです。そこで大きな意味を持つのが、第一に「ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った」ということです。彼は、死を()めることは「できない」という自身の無力さを受け止め、神に寄りすがっています。ヒゼキヤの開口一番、「ああ、主よ」(列王記下20:3)がそれを物語っています。日頃の礼拝者としての本分(ほんぶん)が、ここにあると言ってよいでしょう。

 

Ⅳ ヒゼキヤと都を救い出す神 

列王記下20:4-6――

4 イザヤが中庭を出ないうちに、主の言葉が彼に臨んだ。5 「わが民の君主ヒゼキヤのもとに戻って言いなさい。『あなたの父祖ダビデの神、主はこう言われる。わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た。見よ、わたしはあなたをいやし、三日目にあなたは主の神殿に上れるだろう。6 わたしはあなたの寿命を十五年延ばし、アッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出す。わたしはわたし自身のために、わが(しもべ)ダビデのために、この都を守り抜く。』」

この箇所で、ヒゼキヤに対する預言者イザヤの寄り添い・同情が、実は主なる神(わたし)を源泉としているのである、と明示されています。「人生の(なか)ばにあって」、暗黒に覆われた時、「神は我々と共におられる」(マタイ1:23)ということが、神ご自身からイザヤを(かい)しヒゼキヤに伝えられました。あなたは死ぬことになっていて……」(列王記下20:1)との預言者の告知に対し、神の寛容と忍耐とがあらわされたのです。危難に際してヒゼキヤを支えたのは、初めから終わりまで、変わらぬ神の憐れみでありました。

「あなたは死ぬ者である。それ故、もはやあなたは生きない」(列王記下20:1)から「そして彼は生きた」(回復した 20:7)へという転換に、私たちは何を見れば、何を信じればよいのでしょうか?

それは、「わたしはあなたを救い出す、この都を守り抜く」という「生ける神」を、死から命へのヒゼキヤの回復を通して見つめ、信じることです。「生ける神」は、人が死を恐れること、激しく涙することをご存知です。人が生きるか死ぬかの瀬戸際に、神はご臨在してくださいます。

 

Ⅴ 三日目に主の神殿に(のぼ)れる

列王記下20:8-11――

8 ヒゼキヤはイザヤに言った。「主がわたしをいやされ、わたしが三日目に主の神殿に上れることを示すしるしは何でしょうか。」  9 イザヤは答えた。「ここに主によって与えられるしるしがあります。それによって主は約束なさったことを実現されることが分かります。影が十度進むか、十度戻るかです。」 10 ヒゼキヤは答えた。「影が十度伸びるのは容易なことです。むしろ影を十度後戻りさせてください。」 11 そこで預言者イザヤが主に祈ると、主は日時計の影、アハズの日時計に落ちた影を十度後戻りさせられた。

アハズの日時計」に出てくる「アハズ」は、ヒゼキヤの前の王であり父親です。「アハズの日時計」による奇跡は、おそらく心労のうちにあるヒゼキヤに確信をもたらすという意図があったのでありましょう。本来は、イザヤの告げた主の言葉を「信じる」ことの他に何もいらなかったはずです。

アハズの日時計に落ちた影を十度後戻りさせられた」、言い換えれば、ヒゼキヤの人生の終わりまでに、「十五年」という(ゆう)()が与えられたということです。ヒゼキヤは、(年をとるほどそう思うものですが)時の進み方が早い、と感じて思わず影の「後戻り」の奇跡を選んだのでしょうか。

最後に、主の宣言(列王記下20:5)に応じて、ヒゼキヤはイザヤに、「わたしが三日目に主の神殿に(のぼ)れることを示すしるしは何でしょうか」と尋ねた点に注目しましょう。

病が癒されて回復した時に、まず為すべきは、「主の神殿に(のぼ)」ことであると、ヒゼキヤはわきまえています。それが、主の教えであると受け止めています。自分の回復を感謝する以上に、癒しの「」をほめたたえるために……。

死と罪から解放されることを、「三日かけて、信じるというのは、まさに、私たちと共なる「主イエス・キリストにより信じるというです。「主(イエス・キリスト)は、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり」という救いの御業を信じるのです。それを指し示す「三日三晩」のヨナのしるし以外、しるしは必要ありません(マタイ12:39-40)。

顧みれば、大国アッシリアの圧力に「なんとか持ちこたえた」ユダ王国は、アッシリアを倒した新バビロニア帝国によって壊滅させられました。その点では、ヒゼキヤが築き上げたアッシリア対策も、礼拝改革も、ひと(たび)水泡(すいほう)に帰しました。

ただ残るものは何かと言えば、「死の病」に陥ったヒゼキヤがイザヤに執り成され、神に救われたということです。神に寄りすがれば、人生(なか)ばの危難も乗り越えられうるということです。ただし、それが乗り越えられたからといって、もう災いは来ないなどと思い込まないことです。ヒゼキヤの人生とそれにまつわる歴史がそのことを物語っています。

 

 「主イエス・キリストにより信じるということを(かか)げて、終わりの時をくぐり抜け、御国を目指してゆきましょう。

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〈説教の要約〉

2020年 8月2日                                    

旧約聖書 イザヤ書 10章20節~23節   

新約聖書 ローマの信徒への手紙 9章19節~29節

      「寛大な心で耐え忍ばれた神」 

                      小河信一牧師

 

説教の構成――

Ⅰ 平和聖日

Ⅱ 神に口答えする罪

Ⅲ 怒りの(うつわ)として滅びることになっていた

Ⅳ 憐れみの器として召し出される

 

Ⅰ 平和聖日

ローマの信徒への手紙9章の第三回目の説教となります。本日、8月2日は、日本キリスト教団が制定している「平和聖日」です。 

ローマの信徒への手紙9:22-23――

22 神はその(いか)りを示し、その力を知らせようとしておられたが、怒りの(うつわ)として滅びることになっていた者たちを寛大な心で耐え忍ばれたとすれば、23 それも、憐れみの器として栄光を与えようと準備しておられた者たちに、御自分の豊かな栄光をお示しになるためであったとすれば、どうでしょう。

上の聖句と共に、平和について黙想しましょう。

わたしは「憐れみの器」で、あなたは「怒りの器」ですか。いや、わたしが「怒りの器」で、あなたは「憐れみの器」ですか。そんなわたしとあなたの間に、平和がないことは目に見えています。ましてや、わたしもあなたも「怒りの器」ならば、果てしなく戦争や争いが繰り広げられることでしょう。

わたしは、国際情勢の専門家でも、国をリードする政治家・起業家でもありません。しかし、わたしは平和について考えます。戦争や争いを直視し、それらの記憶や証言に耳を傾けます。

平和を祈り求めます。最も大切なこととして、わたしは「怒りの器」が「憐れみの器」に変えられることを信じ、主が備えてくださるその日を待ちます。主よ、わたしたちが「平和を実現する人々」(マタイ5:9)となれますよう、聖霊を注いでください。わたしたちを一つにしてください。

さて、人間が神と隣人とに逆らって、平和を退(しりぞ)け、戦争に向かうと言っても、少し分かりづらい面があると思います神と隣人とに逆らうという人間の罪性(ざいせい)に関し、ローマの信徒への手紙9章でパウロは、「かたくなさ」を挙げています(ローマ9:1811:7,25)。しかも、エジプト王・ファラオの心が「かたくなになって」、イスラエル人が平和に暮らすことを妨害したという具体例を提示しています(ローマ9:17、出エジプト記7:22)。前回のお話ししましたが、心の「かたくなさ」というのは、()(にん)(ごと)ではありません。人に厳しく当たったり、権威的に振る舞ったり、自分の気難しさを()(あま)したり、というのは誰にでも起こり得ることです。

その心のゆえにファラオは、イスラエルの指導者モーセと対立し、和解しませんでした。そして最終的に、ファラオはエジプト国の(うい)()や全軍の死(出エジプト記12:29-3014:26-31)という代償を(こうむ)ることになりました。イスラエル人にとって、ファラオは「敵」で、同胞(どうほう)ではありません。「()(なら)いたくもない、嫌なの末路をよく見ようではないか。かたくな』にではなく、『(にゅう)()』に生きよう」と、今パウロは同胞のユダヤ人たちに訴えています。ところが、ユダヤ人たちはファラオ以上の「かたくなさ」をもって、不平不満をさらけ出しています。

 

Ⅱ 神に口答えする罪

ローマの信徒への手紙9:19-20――

19 ところで、あなたは言うでしょう。「ではなぜ、神はなおも人を()められるのだろうか。だれが神の御心に(さか)らうことができようか」と。20 人よ、神に口答えするとは、あなたは何者か。造られた物が造った者に、「どうしてわたしをこのように造ったのか」と言えるでしょうか。

神に口答えする」ことが許されるかどうか、問答しても意味がありません。問題は、それ以前のこと、人の心に()くっている「かたくなさ」にあるからです。その人には、神が「造った者」であり、人は「造られた物」であるという基本線が見えていません。神が「焼き物師」で、人は神の「用いる(うつわ)」であるという関係が分かっていないところに、「おお、(あわ)れなる人よ」というパウロの深い嘆きがあります。

しかしパウロは、「ではなぜ、神はなおも人を()められるのだろうか」と少しすねている人に対して、同情などしていません。あくまでも、パウロは、神が「造った者」であり「焼き物師」であるという立場から、言い換えれば、ただひたすら信仰をもって、ユダヤ人たちに語りかけています。「造られた物」が心すべきことは、「口答え」ではなく、へりくだること、かたくなさを(やわ)らげることです。パウロは、「神に口答えする」ばかりで、神の御前に沈黙をつくれない(比較:ゼファニヤ書1:7)ところに、人の罪を見ています。

そして、冒頭にも引用した聖句で、福音の説き明かしがなされます。それは決して、「神に口答えする」者を責める言葉ではなく、福音そのもの、喜びの知らせなのです。

 

Ⅲ 怒りの(うつわ)として滅びることになっていた

ローマの信徒への手紙9:22-23――

22 神はその怒りを示し、その力を知らせようとしておられたが、怒りの(うつわ)として滅びることになっていた者たちを寛大な心で耐え忍ばれたとすれば、23 それも、憐れみの器として栄光を与えようと準備しておられた者たちに、御自分の豊かな栄光をお示しになるためであったとすれば、どうでしょう。

まず、「焼き物師」なる神が造った「怒りの器」とはいったい、だれを指しているのか、(とら)えましょう。

大きく見ると、ローマの信徒への手紙9章から11章の主題は、どうしたらユダヤ人またはイスラエル人が救われるかということですから、「怒りの器」は当然、ユダヤ人を指しています。パウロからすると、神の御言葉と()(わざ)充分に知っているはずの、彼らが「神の御心に(さか)」っている(参照:ローマ9:19)ことが問題なのです。神が預言者たちに(たく)した「御言葉」が成就していないとしても、神の約束を希望とし、「御業」が実行されるのを、アブラハムのように待つべきなのです(創世記12:1-321:1-425:7-10)。

ひと言でいえば、「怒りの器」なるユダヤ人たちは、一部のキリスト者となって誠実に生きている人々を除いて、不従順な(やから)となっていたのです。神と隣人に対して、不従順であるならば、この世にあって「平和を実現する」ことから、ほど遠いのは自明です。

文章確認のため逆戻りしますが、ローマの信徒への手紙9:22-23の「神は……しておられたが、……とすれば、それも……とすれば、どうでしょう」という複雑な表現を、パウロが()っているのは、なぜなのでしょう。逆接+仮定+仮定+疑問と並んで、(ギリシャ語原文自体からそうですが)悪文の典型のようです(聖書協会共同訳も大差はありません)。

これは、単に文章表現の問題ではないでしょう。「どうにかしてユダヤ人を救い出したい」という神の御計画が、並々(なみなみ)ならぬ寛容・忍耐・準備をもって、かたくなで高慢なユダヤ人たちの間で進められているという事情が背景にあるからです。先に記したようにパウロは、「造った者」である神の立場から、人間はじめ被造物に対する救いを見つめ、それを説き明かそうとしています。パウロは、誤解されかねない神の「権限」(ローマ9:21)を正しく、信仰者に伝えようとしているのです。

それぞれの人がほんとうに「救われる」までにも、神の「怒り」と「憐れみ」とが錯綜(さくそう)する道のりを経て、やがて神の「豊かな栄光」をほめたたえるというゴールへと至ります。そこへ至る一直線の道こそ、悪魔の(わな)です。大切なことは、自分が闇路に置かれている時にも、私たちに「栄光を与えようと準備しておられ」る神を信頼することです。

 

Ⅳ 憐れみの器として召し出される

皆さんは一つこと、すなわち、「憐れみの(うつわ)」または「貴いことに用いる器」(ローマ9:21)とはいったい、どのような人を指しているのか、気になっておられることでしょう。次節を読んで、捉えることにしましょう。

ローマの信徒への手紙9:24――

神はわたしたちを憐れみの器として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも召し出してくださいました。

これまでの複雑な経緯の説明に比べて、最終ゴールを示す神の真理は、まことに明解です。神が一人ひとりの名を「呼ぶ」・「声を出す」、そしてその声を聞いて、「召し出される」人……それが「憐れみの器」と(しょう)される人なのです。

ここでも、まず神が「わたしたちを……召し出してくださいました」という起点を見失わないことです。私たちは週ごとに、主日に教会に来ていること、あるいは、主日に家庭で御言葉にあずかっていることを通して、神の「()し」を確かめることができます。

皆さんは、ここで一挙に、ユダヤ人と異邦人の垣根が取り払われたことに気づかれたでしょうか。直前までパウロは、あたかも二種類の人間がいるかのように、「怒りの器」と「憐れみの器」とを対比して論じていました。現実にローマの教会においては、「憐れみの器」なる異邦人が多数を占めており、そして、「怒りの器」なる一部のユダヤ人から迫害を受けていたという事情があったかも知れません。コリントでもエフェソでも、信仰において従順な「憐れみの器」と、不従順な「怒りの器」との間の争いが、主の平和を(あや)うくしていたこともあったでありましょう。

しかし、パウロは「わたしたちを憐れみの器として」と言い切りました。生粋(きっすい)のユダヤ人パウロが希望をもって、「ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも」、教会に集められると説いたのです。ユダヤ人と異邦人とが、主にあって結び合わされました。

教会は、民族や人種を超え、神が選ばれた兄弟姉妹によって形づくられます。神は、アブラハムの子孫・ユダヤ人も、また、ファラオの子孫・異邦人も、「怒りの器」から「憐れみの器」へと生まれ変わるように導かれるお方です。

私たちは、神が「御自分の豊かな栄光をお示しになるため」に、という究極の目的を掲げて、礼拝を()り行います御国の到来に至るまで、神を讃美し、神に感謝し、イエスを救い主と告白するのです。

パウロは、本日のテキストの後半では、人の心の「かたくなさ」を見据(みす)えながら、旧約の引用をもって説き明かしました。まず、異邦人に語りかけ(ローマ9:25-26)、そしてイスラエルに告げて(同上9:27-29)、()めくくっています。

ローマの信徒への手紙9:27-28の原典であるイザヤ書10:22-23を読みましょう。これに基づいて、パウロはイスラエル、すなわち、ユダヤ人のために、神の選びが不変であることを語っています。

イザヤ書10:22-23――

22 あなたの民イスラエルが海の砂のようであっても、そのうちの残りの者だけが帰って来る。滅びは定められ、正義がみなぎる。23 万軍の主なる神が、定められた滅びを全世界のただ中で行われるからだ。

パウロが御言葉のうちに希望を見出したのは、次の箇所です。

そのうちの残りの者だけが帰って来る」……イスラエルの中に「残りの者」がいるということを、パウロはすべてのユダヤ人に伝えたかったことでしょう。聖書に「そのうちの残りの者だけ」と書かれていても、だれが「残りの者」か、決めるのは、パウロではなく神ご自身です。

留意すべきなのは、次の言い回しです。

滅びは定められ」、「定められた滅びを」というのは、同一の語句から出来ています。「定められた」と「滅び」です。ここで、「定められた滅び」が全世界を(おお)ってしまうのなら、「残りの者」はあり得ないのでは、という疑問が浮かんで来ます。

ということで、「定められた滅び」の正確な意味を知る必要があります。「定められた」とは、「切り()められた」というのが原意で、ある限度が定められている滅びを、イザヤ書は物語っているのです。つまり、神の寛大な心と憐れみのうちにある、叱責(しっせき)または裁きの行為ということでしょう。

定められた滅び」という洪水が、全世界を洗い流すのではありません。「滅び」が越えられない限度があり、その()(ちゅう)に、生き延びる「残りの者」がいるということです。「(神は)怒りの(うつわ)として滅びることになっていた者たちを寛大な心で耐え忍ばれたとすれば」(ローマ9:)とは、まさにこのような出来事を指しています。

従って、「残りの者」とは、次のような人のことです。その人への神の裁き、切り詰められた滅びの(わざ)によって、その人の持っている、かたくなさや高慢さは洗い(きよ)められました。その点では、その人の罪は残っていません

そして、「残りの者」は、信仰において従順な「憐れみの器」とされて、神の教会に連なる者となったのです。もはやそこに、ユダヤ人と異邦人とを仕切る垣根はありません。

その中心に、主イエス・キリストがおられます。「定められた滅び」から、私たちが守られたのは、主イエス・キリストの十字架のゆえです。滅ぼされるべきは、わたしであったのに、キリストが神の怒りを(こうむ)ってくださいました。その方の上に、切り詰められていない、完全な裁きが(くだ)りました。

それによって、神の憐れみが十字架の御業にあらわされました。罪と死から救出が、御子のよみがえりによって打ち立てられ、私たち信仰者に、永遠の命が与えられました。

怒りの器」を「憐れみの器」に造り変える神の恵みこそが、「平和を実現する人々」を押し出す力です。戦争や争いから目を(そむ)けない人、かたくなさや不従順の罪深さを知る人、そして神の並々(なみなみ)ならぬ寛容・忍耐・準備にあずかる人、その人の上に、平和の鐘が鳴りわたることでしょう。

 

参考図書:

クリスチャン新聞編集『戦争を知らないあなたへ』、いのちのことば社、2008

 

キリスト者となった19人の戦中・戦後の証言集。

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〈説教の要約〉

2020年 7月26日                                        

旧約聖書 列王記上 17章15節~18節

新約聖書 ヨハネによる福音書 11章28節~37節

       「イエスは涙を流された」 

                   小河信一牧師

 

最初に、今回の聖書箇所・ヨハネ福音書11:28-37の流れを確認します。

ヨハネ福音書11:1-44 

起承転結〉――第1・2・3・4幕 の展開   

ヨハネ11:1-16 弟子との会話   ヨルダンの向こう側  遠隔

ヨハネ11:17-27 マルタとの対面 ベタニア ()(ぼう)    接近①

ヨハネ11:28-37 マリアとの対面 ベタニア 路傍    接近②

ヨハネ11:38-44 ラザロとの対面 ベタニア 墓・洞穴(ほらあな)  最接近

後半の第3-4幕〈転結〉では、実際に死または死人に向き合う主イエス・キリストの様子が力強く描き出されます。信仰をもって、私たちの予測を超える、恵みの出来事を読み取ることが大切です。

また、第2幕 マルタとの対面と 第3幕 マリアとの対面 を比較すると、第3幕で注目すべき点が明快になります。第2幕を踏まえて展開されている、主イエスとマリアの出会いを見ていきましょう。ということで、以下のように、説教を組み立てました。

 

説教の構成――

Ⅰ 主イエスの呼びかけ――マリアの応答

Ⅱ 主イエスの足もとにひれ伏すマリア

Ⅲ 主イエスの(いきどお)り・興奮・涙

Ⅳ ユダヤ人の問いかけ

 

Ⅰ 主イエスの呼びかけ――マリアの応答

マルタの場合、「イエスが来られたと聞いて」、ベタニアの村はずれまでイエスを、「迎えに行った」(ヨハネ11:20)と記されています。その時、「マリアは家の中に座っていた」のですが、その後、彼女はどうしたのでしょうか? 主イエスの到着に、彼女の心は動かされなかったのでしょうか。

ヨハネ福音書11:28―― 

マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。

この節の内容を順序立てると、「イエスがマリアを呼んだ⇒マルタがマリアを呼んだ」となります。すなわち、イエスがマリアを呼んでいることを、マルタが仲介して伝えたということです。

二回の「呼ぶ」は同一語(ギリシャ語:フォーネオー)で、「声を出す」という意味です。

ヨハネ福音書10:3――

羊飼いは自分の羊の名を呼んでフォーネオー連れ出す。

羊飼いと羊の譬えが、イエスとマリアとの出会いにおいて、現実のものとなりました。まさに「家の中に座っていた」マリアが外に「連れ出」されます。これは、イエスとマリアとの人格的な交わりであると、取りついだマルタはわきまえていました。だから、ユダヤ人たちに気づかれないよう、マリアに「耳打ちした」、すなわち、「ひそかに告げた」のです。

ヨハネ福音書11:29―― 

マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。

主イエスの呼びかけに対し、「羊はその声を聞き分ける」(ヨハネ10:3)との御言葉通り、マリアは主のもとに行きました。「マリアはこれを聞くと、すぐに立ち上がり」ならびに「ユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て」という証言(ヨハネ11:29:31)から、私たちは次のことを教えられます。

マリアは、「まず」・「第一に」、主イエスに従うことを優先しました。その信仰的姿勢によって、主イエスのもとへ急行するという行動が呼び起こされました。それは、「兄弟ラザロの(ほうむ)り」をほうり出したのではなく、人の葬りをはじめとして、人間の悲しみと苦しみを受け止めてくださる主イエスに、マリアは我が身をゆだねたということです(参照:マタイ8:21-22)。

人の死を(いた)葬儀が大事であることは言うまでもありません。問題はそこで、いったい何が最も大切なのか、ということです。神のふところで安らうこと、死と罪を打ち破られた主イエス・キリストにすべてをゆだねること、死と罪の支配者であるキリストの慰めにあずかること、それが、今泣いているマリアにとって必要なのです。

悲嘆のどん底にあるマリアにとって、「主イエスの呼びかけ――マリアの応答」という交わりが築かれることこそが、慰めでありました。主の「傍らに呼ばれ」(ルカ16:25)、「傍らで話を聞く」(ヨハネ11:31)というのが、聖書が教える「慰め」です。幸いなるかな、主イエス・キリストにつき従うことを、マリアは最優先にしました。

 

Ⅱ 主イエスの足もとにひれ伏すマリア

ヨハネ福音書11:29―― 

30 イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。31 家の中でマリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った。32 マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。

ユダヤ人たちの予測では、マリアは「墓に泣きに行くのだろう」ということでしたが、マリアは主イエスのもとへ一直線でした。姉妹のマルタが告げたように、村の外に「先生がいらして」(傍らに立って)いました。すなわち、主イエスは「マルタが出迎えた場所」に(とど)まり、マリアを待ち続けていたのです。

ヨハネ福音書11:32―― 

マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。

第2幕 接近①、そして第3幕 接近② と、サブタイトルを付けました。「イエスを見るなり足もとに」ということで、イエスとマリアとの 超接近 (あい)()りました。

顧みれば、遠隔から接近という急展開は、主イエスがヨルダンの向こう側からユダヤの地に「やって来た」(ヨハネ11:17,20)ことに基づくものです。主イエスは、困窮して人のもとへ近づいて来られるお方です。マルタやマリアがわざわざヨルダンの向こう側へ下って行く必要はありませんでした。

 主イエスとの出会いという観点から、マルタには無く、マリアにおいて新しく描き出されているのは、どんなことでしょう。

それは、イエスの「足もとにひれ伏した」ということです。これは、イエスを主として、拝む・礼拝することに通じています。「マリアは、イエスが神の子であると信じていなかったなら足もとに身を投げ出しはしなかったろう」と、カルヴァンは述べています。主イエスの「足もと」は、マリアが最も安らげる場所でありました(ルカ10:39)。失意のどん底において、居場所が見出せたマリアは、「幸いな女」(ルカ1:48)と呼べるでありましょう。

イエスの「足もとにひれ伏した」という点で、マリアはマルタと異なりますが、主イエスに向かって(うった)えた言葉は全く同じでした(ヨハネ11:21,32)。

主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに

マリアは思いの(たけ)を、主イエスにぶつけました。死ななかったでしょうに」という句には、(うら)みがましさがにじみ出ています。マリアならずとも、愛する者に長生きしてほしいという願いが断ち切られ、突然死に直面させられた時、人は悩み、恐れ、苦しみます。時代はさかのぼりますが、そのような家族の口から、神の人エリヤに深い嘆きが向けられました。

列王記上17:17-18――

17 その(のち)、この家の女主人である彼女(サレプタの寡婦(かふ)の息子が病気にかかった。病状は非常に重く、ついに息を引き取った。18 彼女はエリヤに言った。「神の人よ、あなたはわたしにどんなかかわりがあるのでしょうか。あなたはわたしに罪を思い起こさせ、息子を死なせるために来られたのですか。」

ひと(たび)、「あとは死ぬのを待つばかり」(列王記上17:12)というほどの飢餓(きが)から解放された「その(のち)」の出来事でした。この場合、神の人エリヤがその場にいたにもかかわらず、女の息子を救うことができませんでした。希望が消え去ったのか、と思われるところに、エリヤは立たされました。今エリヤに、不幸に見舞われた親しい家族の傍らに()続けられるかどうか、が問われています。

果たして、エリヤは、真の信仰を、試練に堪えうる信仰を抱いているのでしょうか。その際に大事なのは、自分の願いや行いではなく、神の御心と()(わざ)まず」・「第一に」するということです。エリヤは今、繰り返しやって来る困難や試練を、神の御力によって耐え忍び、乗り越えていくかどうかの()()(ぎわ)に立たされています。全能の父なる神の御子、主イエス・キリストも、すぐに奇跡を起こして(きゅう)()過ぎ越すというのではなく、まさにそのような瀬戸際に立たされています。ほんとうに希望は消え去ってしまったのでしょうか。

 

Ⅲ 主イエスの(いきどお)り・興奮・涙

ルカ福音書11:33-34――

33 イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に(いきどお)りを覚え、興奮して、34 言われた。「どこに(ほうむ)ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。

片や、人間は「泣いている」、片や、主イエスは、「心に(いきどお)りを覚え、興奮して」おられます。

カルヴァンは、主イエスについて、「その心のおののき、胸を突き刺す鋭い痛み、そして涙によって、まるで自分の身にそれを痛切に感じているように、イエス自身、私たちの不幸に心を揺り動かされていることを証ししている」と説き明かしています。ある意味、憤りや興奮は否定的(ネガティブ)な感情ですが、主イエスがどこまでも、マリアやユダヤ人たちに寄り添うお方であることを示しています。なぜなら、マリアを襲った人生の()(こう)・どん底を、主イエスもまた経験しておられるからです主は人間の最悪の事態の中へと、「自分を無にして」(フィリピ2:7)、へりくだってくださるお方です。その中で、主イエスのまなざしは、重い墓石(ヨハネ11:38)に象徴される死の支配に向けられていました。

ヨハネ福音書11:35―― 

イエスは涙を流された。

この一節が、第3幕のクライマックスです。死に対する主イエスの御心が具体的な形であらわされています。

ラザロのために「泣いている」マリアを、主イエスは「涙を流された」という形でしっかりと受け止められました。そこには、近親の者以上に、苦しみ涙している主の御姿があります。人間一人ひとりが、「わたし(主)の目にあなたは(あたい)高く、(とうと)く わたしはあなたを愛している」(イザヤ書43:4)と呼びかけられている者なのです。

ところでこの時、主イエスはただ、一人の人間、ラザロを支配している死だけを見ておられたのでしょうか? 主イエスがそのことを、ほんとうに深く受け止められたとすれば、ご自身が十字架の道へと進んでいくことを見据(みす)えておられたのではないでしょうか。

主イエス・キリストは、ご自身の十字架の死をもって、この世の死の支配を打ち滅ぼし、神の救いの計画を達成するという使命を持っておられました。ベタニアが終わりではなく、エルサレムが最後なのです。イエス・キリストは、都の「されこうべと呼ばれている所」(ルカ23:33)へと引いて行かれるお方です。そこで真に、ラザロは死から解放されるのです(参照:ルカ16:22-23,25 天の国で(いこ)うラザロベタニアの「ラザロ」と同一人物かは不明です)。

ヨハネ福音書11:36―― 

ユダヤ人たちは、「御覧なさい、(イエスは)どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。

「(イエスは)どんなにラザロを愛しておられたことか」という表現に、イエス・キリストの大きな愛、何ものにも比べられないほどに「(あたい)高い」愛が指し示されています。ユダヤ人たちは、主イエスが「涙を流された」ことによって、ラザロに対する主の愛を汲み取りました。

ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか」(ヨハネ11:8)と、弟子たちが証言しているように、直前までユダヤ人たちの一部は、主イエスに対し反感を持っていました。今、ラザロの墓前で、主イエスのそばにいるのは、「彼女(マリア)が急に立ち上がって出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った」というユダヤ人たちでありました。彼らは、マリアを慰めたい(ヨハネ11:19,31)と願っていましたが、マリアに寄り添っているイエスに、何かの期待を寄せていたわけではありません。

ところが、ユダヤ人たちがマリアに付き添っている時に、憐れみ深い心をもってマリアに寄り添っている主イエスに出会うことになりました。主イエスの涙によって、神の愛がユダヤ人たちに伝えられたのです。

 

Ⅳ ユダヤ人の問いかけ

ヨハネ福音書11:37―― 

しかし、中には、「盲人(もうじん)の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。

ユダヤ人の中からの、この問いは大局的には、第4幕への伏線(ふくせん)になっています。この問いかけへの回答は、最後の〈結〉で明快になされるということです。

ここにまた、主イエス・キリストに近づきつつあるユダヤ人がいます。彼らは、「盲人の目を開けた」(ヨハネ9:7)という主イエスの力を認知しているのですが、「(この人は)ラザロが死なないようにはできなかったのか」と、主イエスに対する失望が影を落としています。

確かに今、主イエスは「死なないようにはできなかった」というところに立っておられます。不可能なことを可能にできるお方が、「心に(いきどお)りを覚え、興奮し」、「涙を流され」ました。

それは、何のためであったのか?

私たちは人生において、貧困、病気、そして死などに出遭(であ)い、「できなかった」という無力さの中に落ち込んでいきます。その時、主イエスは、「できなかった」という私たちの無力さを背負ってくださいます。私たちが「死の陰の谷を行く時も」(詩編23:4)、主は私たちの労苦を分かち合ってくださいます。

そのような主イエス・キリストを知るうえで、「(この人は)ラザロが死なないようにはできなかったのか」と、問いかけることは無意味ではありません。次の点で大きな意味があります。自分に「できなかった」ことがある中で、私たちの弱さや貧しさを受け止めてくださる主イエス・キリストに信頼していくということです。主イエスに近づきつつある一部のユダヤ人は、その途上にあります。

ヨハネ福音書11:4――

イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。しかし / かえって神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」

主イエスはこれから(第4幕で)、この「この病気は死で終わるものではない」という言葉を、一つの出来事として現されます。墓に横たわっているラザロに向き合われます。

そして、人々は、主イエスが不可能なことを可能にできるお方であることを知ります。ラザロは生き返らされ、陽の当たるベタニア村での生活を回復します。しかし見方を変えれば、ラザロは再び、残された地上の日々を死に向かって進んで行くのです。

私たちが(あお)ぐべきは、そのようなラザロを包み込んでいる神の栄光」です。主イエス・キリストの十字架の死と復活において、「神の子がそれによって栄光を受けるのである」という御父なる「神の栄光」です。その栄光は永遠なるものです。

ベタニアのマリアに求められている応答というのは、兄弟ラザロに上に起こる出来事を通して、「神の栄光」の内にある主イエス・キリストを信じ、イエスを主と告白することです。

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説教要約 

 2020年 7月19日                               

旧約聖書 詩編25編 5節(P.855

新約聖書 ルカによる福音書 16章19節~31節P.141

    説 教 「悔い改めて神のみもとに帰る」 

                     小河信一牧師

 

説教の構成――

Ⅰ ラザロと金持ちは逆転した。 ルカ16:19-25

Ⅱ 取り返しのつかない大きな隔たりが生じた。   ルカ16:26

Ⅱは、ⅠからⅢへのつなぎとなっている。

Ⅲで、大きな隔たりを越える、その信仰的な導きが説き明かされる。

Ⅲ なぜ、逆転が起こったのか。 ルカ16:27-31

Ⅳ 悔い改めて神のみもとに帰る。

 

主イエスが「金持ちとラザロ」という登場人物により話されたのは、神の国の祝宴の譬え話です。このことが、主イエスの語り全体を理解する大前提となります。私たちにとっては、これから来たる「神の国」についてのメッセージなのです(ルカ13:2816:6)。

 

Ⅰ ラザロと金持ちは逆転した。 

初めに、金持ちとラザロの地上の生涯、そして次に、二人の今の情況を捉えることにしましょう。

ルカ福音書16:19-21――

19 「ある金持ちがいた。いつも紫の(ころも)や柔らかい麻布(あさぬの)を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。20 この金持ちの門前(もんぜん)に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、21 その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。」

毎日ぜいたくに遊び暮らしていた」人と、「できものだらけの貧しい」人とが対比されています。二人の生活ぶりが描き出されています。しかし、金持ちと貧しい人の信仰については何ら言及されていません。ただし、金持ちに関しては、「腹を満たしたいものだと思っていた」病気の人を介助していない姿から、「正しい信仰」を持っているようには思われません。つまり、神と隣人とを愛する信仰と行いの点で、金持ちには欠けが見られます。自分の「門前(もんぜん)……横たわる」人のことを、毎日見過ごしていたのでしょうか。

主イエスの語るこの譬えでは、金持ちが貧しい人を無視していたとは、明言されていません。多分、金持ちは貧しい人のそばを通り過ぎ、声かけなどしなかったのでしょう。何も貧しい人や(やまい)の人を助けることに反対しているわけではない、そうではなく、自分の生活パターンや行動を変えたくない、自分なりに一生懸命やっているのだから、と言い訳するとすればそれは()(にん)(ごと)ではありません。

確かに、私たちの「門前」には、苦しんでいる人が大勢います。主イエスは、金持ちとその「門前」にいた貧しい人との「冷めた関係」を描き出すことによって、「あなたなら、どうするか」と問いかけられているのではないでしょうか。主イエスは私たちに向かって、「だれがその人の隣人になったと思うか」(ルカ10:36)と問いかけられるお方です。結局のところ、金持ちと貧しい人については、隣人としての関係が築かれませんでした。

そして、二人の地上の生涯から、今の情況に移り変わります。

ルカ福音書16:22-24――

22 「やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。23 そして、金持ちは()()でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。24 そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に(ひた)し、わたしの舌を()やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』」

ここでも、ラザロと金持ちとが対比されています。ラザロは天に連れて行かれ、そして金持ちは陰府でさいなまれています。ラザロの描写が先んじていることからも、「逆転」が明快です。

まずラザロの現状から確認しましょう。

実は、ラザロは神の国、天にいるではなく、「宴席にいるアブラハムのすぐそばに」いると書かれています。「宴席にいるアブラハムのすぐそばに」は、「アブラハムのふところに」という句の意訳です。

そこが、「天」で間違いないことは、同じルカ福音書13:28の「あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする」との一節から証拠立てられます。これは、有名な「力を尽くして狭き門より入れ」(ルカ13:24)の直後に出てくる一節です。

従って、ラザロが死んで、神の国へ入ることを許されたのは、はっきりしています。ただ、意味深なのは、なぜ、「宴席にいる主イエス・キリストのすぐそばに」ではなく、「宴席にいるアブラハムのすぐそばに」と記されていることです。この「神の国の祝宴の譬え話」の語り手は、主イエスご自身ですが、あえて「アブラハムのすぐそばに」という、アブラハムとラザロとの親しい関係性は何を訴えようとしているのでしょうか。この点がつまびらかにされることにより、地上の生涯の描写では不明であったラザロの信仰について光が当てられることでしょう。

それを説き明かす前に、()()でさいなまれている金持ちの情況を捉えておきましょう。

立場「逆転」の視点から注目されるのは、金持ちが「目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた」というように、神の国の祝宴とラザロを()の当たりにしていることです。これほど、陰府の悲惨さがリアルに描かれているのは、珍しいことでしょう。そこから神の国眺めて、いたたまらなくなったという金持ちの気持ちよく分かります。

 

Ⅱ 取り返しのつかない大きな隔たりが生じた。

さて、神の国の祝宴と陰府の様子を通して、金持ちとラザロの立場または境遇の「逆転」が鮮やかに私たちの心に刻まれました。神の国でラザロが憩っている食卓の光景によって、ほんとうの「宝」とは、一体何なのか、が現されました。ラザロは信仰の先達、愛し合う隣人、「アブラハムのふところに(いだ)かれています。それは、金銀で買い得ない幸いです。

そして、その「逆転」が(まぼろし)ではないことが、金持ちとラザロとの厳然たる「隔たり」によって確証させられます。

ルカ福音書16:26 アブラハムは金持ちに言った――

『そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな(ふち)があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』

信仰を全うした人と不信仰に陥った人、神の国へ入ることを許された人とそうでない人との違いが、「大きな(ふち)」の一語によって可視化されています。まさに下りも昇りも(はば)む「裂け目」があるのだ、自分でそれが乗り越えられるなどと、思ってもみるな、ということです。宗教改革以前に広く行われたように、信徒教育のため、ステンドグラスやイコン(図像)で描かなくても、この陰府と大きな淵は、目に焼き付くほど真に迫るものがあります。

ここで、Ⅲに入る前に、二人の登場人物「金持ちとラザロ」を、私たちのこととして捉え直しましょう。

ⅠとⅡを通じて、「金持ちとラザロ」の地上の生涯と今の情況が物語られました。「今の情況」(神の国に入ることと()()に下ること)というのは、私たちにとっては将来のことです。だからこそ、私たちは、この「神の国の祝宴の譬え話」を、両者の立場になって聴き取ることが大切なのです。

この私は、「金持ち」なのでしょうか、それとも、「ラザロ」なのでしょうか? 繰り返しますが、ラザロがこの地上で信仰を持っていたかどうかについては、特に言及されていませんでした。

地上のこれまでの生活を省みれば私は、自分の「門前(もんぜん)に横たわる」貧しい人や弱い人を十分に助けてはいません。毎日、通り過ぎています。自分の生活を崩されたくないという思いが、心に(ひそ)んでいます。そういう意味では、私は「金持ち」です。

他方、金持ちのように「毎日ぜいたくに遊び暮らして」いるほどではなりません。ラザロのように人からの助けを必要としています。実際、無償の愛にあずかっています。そういう意味では、私は「ラザロ」です。そう考えてくると、私の中で、「金持ち」と「ラザロ」とが、いつまでも駆けめぐるという状況になってしまいます。

その点で主イエスの、この「神の国の祝宴の譬え話」は、そのように()え切らない冷たくもなく熱くもない」(ヨハネ黙示録3:15-16)私たちへの招きの言葉といえましょう。ひと言でいうなら、「金持ち」の立場を捨てよ、「ラザロ」を隣人とせよ、ということです。さらに、Ⅲでは、あなたは「ラザロ」になりきれ、神に救われる「貧しい人」となれ、「ラザロ」の信仰を自分のものとせよ、ということが告知されます。

人が互いに、「金持ち」の立場を取るなら、神に喜ばれる関係は結ばれません。しかし、人が互いに「ラザロ」であることを認めるならば、そこに隣人愛が芽生えます。神と人への愛を慕い求め、愛の(わざ)を実践することでしょう

Ⅲ なぜ、逆転が起こったのか。

これは、「ラザロ」が、神の国に入れられたという観点からの「逆転」です。従って、それを招来(しょうらい)させた、ラザロの「信仰」に注目することになります。ラザロは、その信仰によって人生がひっくり返させられたのです。その信仰は、当然私たちが()(なら)うべきものであります。

その信仰を汲み取る際、ヒントになるのが、「宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロ」(ルカ16:22)という記述です。つまり、アブラハムとラザロとの親しい関係性は何を意味しているのか、を知ることです。

アブラハムは天の宴席から、ということはラザロにも聞こえる形で、陰府にいる金持ちに向かって、二度こう呼びかけています。

ルカ福音書16:29:31――

29 「しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる彼らに耳を傾けるがよい。』

31 アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」

天の宴席にいる「アブラハムは言った」ということは、主イエス・キリストの御心を取りついだということにほかなりません。

ここでは、アブラハムの勧めはシンプルです――「モーセ(律法)と預言者に耳を傾けよ」。そうだとすれば、ラザロが今、「アブラハムのふところに」、(かたわ)らに座っているということは、ラザロはアブラハムから始めて旧約の終わりまで、聖書(ルカ24:27,32,45)の言葉に耳を傾けた、のです。そのことが、ラザロの地上の生涯において、苦難に耐えうる力となったのです。

モーセと預言者に耳を傾けよ」ということを、言い換えるなら、「モーセと預言者に教えられる者となれ」と言えましょう。

詩編25:4-5――

4 主よ、あなたの道をわたしに示し

あなたに従う道を教えてください。

5 あなたのまことにわたしを導いてください。

あなたはわたしを救ってくださる神。

絶えることなくあなたに望みをおいています。

主なる神に向かって教えていただく姿勢を取るという点で、この詩編の詩人は徹底しています。教えていただくのは、「あなたの道」または「あなたのまこと」です。

この詩人もまた、「貧しさと労苦」の中にある人です(詩編25:18)。しかし、「貧しい人」(詩編25:9,16)だからこそ、神の御もとに身を寄せるのです(詩編25:20)。そこが、自分の居場所であると確信しています。

アブラハムの言葉に戻りましょう。

それにしても、「たとえ死者の中から生き返る者があっても……」と言われるまでに、「モーセと預言者」の言葉と業が重んじられるのは、(なに)(ゆえ)でしょう。

それは何よりも、主イエスご自身が、「モーセ(律法)と預言者」の言葉と業に基づいて、福音を語られたからです。

ルカ福音書4:16-18――

16 イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。17 預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。

18 「主の霊がわたしの上におられる。

貧しい人に福音を告げ知らせるために、

主がわたしに油を注がれたからである。

主がわたしを遣わされたのは、

捕らわれている人に解放を、

目の見えない人に視力の回復を告げ、

圧迫されている人を自由にし、

19 主の恵みの年を告げるためである。」 (ルカ4:18∥イザヤ書61:1、ルカ4:19∥レビ記25:10

そして、主イエスは、旧約聖書に基づいて喜びの知らせを告げると共に、ご自身でそれを成し遂げられました。神の大いなる救いの出来事を、「今日」という時に、十字架と復活の御業を成し遂げられたのです。それによって、神の国へ至る道が切り開かれました。私たちは、主イエス・キリストの十字架と復活の御業を思い起こしつつ、永遠の命によって救いの完成される御国をめざすのです。

 

Ⅳ 悔い改めて神のみもとに帰る。

ヨハネ福音書11:11――

(イエスは)こうお話しになり、また、その後で言われた。「わたしたちの友ラザロが眠っている。しかし、わたしは彼を起こしに(ねむ)りから()しに行く。」

ラザロは、「アブラハムのふところに(いだ)かれている人です。また引用したように、ヨハネ福音書では同名の「ラザロ」が、主イエスから「わたしたちの友」と呼ばれています。それは、「私たちは互いに愛し合っている」という主イエス・キリストの宣言でありました。

主イエスはその愛について、「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15:13)と説き明かされました。実際主イエスは、ラザロをはじめとして、罪人や貧しい人の「」となって、これ以上にない「大きな愛」をあらわされました。十字架において「自分の命を捨て」、「神は助け給う」(ラザロという名の原意)ということを実行されました。主イエスは、「神の助けを全くただ必要とする者、神の助けを全くただ待ち受ける者」(K.バルト)というラザロに代表される人間を救ってくださったのです。

ルカ福音書16:30――

金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』

「死んだ者の中からだれかが私のところに行ってやって来る」……これは、考え得る限り、私を最も驚かせる出来事でありましょう。しかしそこで、私という人間が、変えられるか、ひっくり返させられるか、は別の問題であります。

人が真実に変えられることを、聖書は「悔い改める」という言葉をもって表しています。それは、私が何かを()いているということを出発点にするものではありません。

それは、神が「神の助けを全くただ必要とする者」……死と罪からの救出を神にゆだねている者……を憐れみ、愛しておられることを、知り、それによって目覚めさせられることから始まります。主イエス・キリストの十字架と復活の御業を中心とする神の救いの計画と成就を、旧約聖書に基づいて語られた主イエス・キリストの御言葉によって、信じるということです。

 

人間が発する言葉、人間が造り出す出来事に惑わされてはなりません。大切なことのは、神の約束なる御言葉が、ラザロはじめ貧しい私たちを救い出すために、主イエス・キリストの御業によってあらわされた……それを、見、知り、受け入れ、信じる、のです。

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(説教要約)

2020年7月12日

新約聖書 マタイによる福音書 26章26節~30節P.53

             「取って食べなさい」 

                   小河信一牧師

 

 

説教の構成 受難週の時の流れに即して――

  Ⅰ 14日の木曜日から15日の金曜日へ――過越の食事の準備

  Ⅱ 15日の金曜日の夕べ――過越の食事

  Ⅲ 15日の金曜日の夕べから夜明けへ――過越の食事と十字架の

                    死とのつながり

 

今日は、主イエス・キリストが十字架につけられた、その前夜の出来事、夕べの食事についてお話ししましょう。

 

主イエスは、弟子や女性たちと共に、エルサレムめざして、エリコ街道を(のぼ)って行かれました。

 

途中、ベタニア村に立ち寄られました。そこで、以前から親しい交わりのあったラザロ・マリア・マルタの家族に迎え入れられました。しばらくの間、主イエスは朝、都エルサレムへ出て行き、夜、ベタニアに戻って泊まるという日々を過ごしておられました(マタイ21:17-18)。

 

 

 Ⅰ 14日の木曜日から15日の金曜日へ――過越の食事の準備

 

春の或る月(ニサン エルテル記3:7)の、14日の木曜日になりました。まだ明るいうちのことでした。ベタニア村におられた主イエスは、弟子たち二人(マルコ14:17)に、こう言われました。

 

マタイ福音書26:18――

 

「都のあの人のところに行ってこう言いなさい。『先生が、「わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』」

 

こうして、二人の弟子がエルサレムに出かけて行きました。人々は誰も、「過越の食事」の準備のために忙しそうでした。また、祭りを前に子どもたちは、はしゃいでいました。

 

弟子たちは、主イエスの教えられた「お宅」(()(しき)に入って行きました。そして、「席が(ととの)って用意のできた二階の広間」を見て確かめました(マルコ14:15)。そして、彼らは主イエスにもとに戻りました。

 

あとは、14日の木曜日〈準備の日〉が夕方に15日の金曜日〈祭り当日〉に変わる、つまり、日付が変わって過越祭の第一日(出エジプト記12:6,18、レビ記23:6)が始まるのを待つばかりでした(ユダヤ人の慣例では夕方から一日が始まります)。ただ、十二弟子の中には、まだヨルダンの向こう側にいた時に、主イエスとこんな会話をしたことを思い起こす者がありました。

 

ヨハネ福音書11:7-8――

 

7 それから、弟子たちに言われた。「もう一度、ユダヤに行こう。」 8 弟子たちは言った。「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか。」

 

「そうだ、お祭りに浮かれてばかりではいけない。先生(イエス)をお守りしなければ。でも、祭りの間は大丈夫かなぁ(マタイ26:5)」とつぶやきながら、自分を落ち着かせようとしました。

 

今、主イエスは、過越祭の第一日、最も大切な食事を執り行うことに集中されていました。これは、神が出エジプトを成し遂げてくださったことを記念する食事でありました。エジプトで、イスラエル人は強制労働をさせられ、自分たちの願い通りに、神を礼拝することができませんでした。エジプトから脱出するため、イスラエルの民は急いで食事をしました。肉やパンや(にが)()を食べて(出エジプト記12:8)、旅する力を(たくわ)えました。

 

神の栄光が輝き、モーセに導かれて、人々が労苦と絶望から解き放たれたことを思い起こすのが、この「過越の食事」です。「先生(イエス)は心から、その食事を祝おうとされているではないか」、そう思うと、弟子たちの一抹(いちまつ)の不安は消え去りました。主と共に、食事祝い楽しもうと、気を取り直しました。

 

 

 

Ⅱ 15日の金曜日の夕べ――過越の食事

 

さて、夕べの風が吹きわたる頃(マルコ14:17)、主イエスと十二弟子の一行は、エルサレムに向かって歩き出しました。東の空に、満月が昇りはじめていました。

 

十二弟子の中には、イスカリオテのユダがいました。ユダはすでに祭司長たちと(みつ)(やく)を交わしていました。銀貨三十枚と引き換えに、イエスを引き渡すという取り引きをしていたのです(マタイ26:14-16)。そんなユダは、「過越の食事」の後、イエスを引き渡す時のことばかり考えていたことでしょう。いずれにせよ、今夜、イエスは都エルサレムに、大祭司や律法学者の待ち構えている所に行く、その機会をねらおう(マタイ26:16)、とユダは(たくら)んでいたのです。

 

主イエスはエルサレムの屋敷の二階、食事をする部屋に入って行かれました。

 

そして、「過越の食事」が始まりました。その食事の(なか)(ごろ)、主イエスは弟子たちがこれまで聞いたことのないことを言われました。

 

マタイ福音書26:26-27――

 

26 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」 27 また、(さかずき)を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。28 これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」

 

賛美の祈り」から「賛美の歌」へ(マタイ26:30)、食卓は、神への感謝で満ちあふれていました。これこそ神の整えられた食卓です(詩編23:5)。しかし、主イエスの突然の命令(勧め)と宣言を、どのように受け止めればよいのでしょう。食卓の上のパンと杯と、主イエスの体と血とは、別のものではないのかしら、と不思議に思う弟子もいたことでしょう。

 

「(パンを)取って食べなさい。これはわたしの体である。

 

この杯から飲みなさい。これはわたしの血、契約の血である。

 

そこで、この主イエスの命令に従って、パンを食べ、ぶどう酒を飲むと、どうなるというのでしょう。

 

信仰をもって、「パン」と「ぶどう酒」(杯)にあずかるという観点からお話ししましょう。

 

主イエス・キリストが「取って食べなさい」、「飲みなさい」とおっしゃってくださる「パン」と「ぶどう酒」にあずかるというのは、それらの糧によって、私たちの全生活が主イエス・キリストによって養われるということです。

 

一年で一回、最も重要な「過越の食事」で、神への感謝のうちに、キリストにより与えられた糧は、一年中、いな、一生の間、私たちを支え保つものとなります。「このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる」(ヨハネ6:51)との主イエスの言葉はそれを表しています。

 

さらに信仰をもって、注目すべきことは、体を「裂く」または血が「流される」(受動態)ことが、15日の金曜日に、十字架上で、主イエスの身に起こるということであります。「過越の食事」は15日の金曜日が始まったばかりの夕べのことであり、「主の十字架刑」は、夕方から始まった15日の金曜日が朝を迎えた時に起こります。まさしく、パンが裂かれることと、イエスの体が裂かれることとがつながっているのです

 

私たちが、主イエスの聖別された「パン」と「ぶどう酒」(杯)を食べ飲むとき、キリストの力が私たちの中で生きて働きます。それが、私たちを一生養うような命の(かて)だとしても、なぜ、それが「キリストの力」と言えるようなものになるのでしょうか? そのことへの回答が、主イエスの食卓の言葉に示されています。

 

マタイ福音書26:28 主イエスの宣言――

 

「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」

 

信仰をもって、「パン」と「ぶどう酒」(杯)にあずかるとき、私たちの中に新しいものが注ぎ込まれるというだけではありません。もちろん、その新しいものとは、永遠の命そのものですから、重要であることは言うまでもありません。

 

しかし、滅ぼされるべきもの、罪と死から、私たちが解き放たれてはじめて、神より(さず)かる恵みに生きることができるのです。まさに新しいぶどう酒を古い(かわ)(ぶくろ)に入れる者はいない」(マタイ9:17)ということです。

 

主イエス・キリストは、イスカリオテのユダの罪やペトロの弱さ(マタイ26:31-35,69-75)を見据(みす)えたうえで、「過越の食事」を通じ、弟子たちに、まことの糧、まことの力を分かち与えられました。それは、罪と死に勝利する「キリストの力」です。

 

なぜなら、その食事に引き続いて、主イエス・キリストは「十字架につけられ、死にて葬られ、()()にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり」(使徒信条)、私たちの罪を赦し、私たちに永遠の命を得させてくださったからです。

 

マタイ福音書26:29 主イエスの言葉――

 

「言っておくが、わたしの父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを(わたしが)飲むことは決してあるまい。」

 

今後(わたしが)飲むことは決してあるまい」は、悲しい別れの言葉ではありません。そうではなく、御国で祝宴が開かれる日が必ず来る、その時まで、杯は取っておこう、という希望の言葉です。その杯は、「契約の血」なのです。永遠に、わたしとあなたがたとは切り離されないという宣言です。地上の最高の食卓から天上の無二の食卓へと、神の恵みが架け渡されるのです。

 

私たちは、御国の祝宴を待望しています。ただ私たちは、この地上で、イエス・キリストの死を覚えるため、記念するために、聖餐を執り行うことを許されています。それは、主の十字架の死によって、自分の罪が(あがな)われ、救われたことを、告白し感謝するためです。

 

聖餐は、信仰者にとって、地上の最高の食卓です。その食卓のある教会から、私たちは神の御国を、天上の無二の食卓をめざして歩んでゆくのです。

 

 

 

Ⅲ 15日の金曜日の夕べから夜明けへ――過越の食事と十字架の死とのつながり

 

マタイ福音書26: 30――

 

一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。

 

「過越の食事」が終わった15日の金曜日の夜、主イエスはオリーブ山のふもとのゲツセマネの(その)へ行かれました(マタイ26:36-46)。父なる神に祈りをささげるためです。その夜の間に、主イエスは逮捕され、裁判を受けられます。そして朝、主イエスは十字架の丘へと歩まれます。苦難と死に向かって、進みゆかれます。

 

その時、罪深い者がキリストの体を「裂き」、キリストの血が「流される」という出来事が成就します。私たちの罪からの解放が「過越の食事」で宣言されました。そして同じ日に、イエス・キリストの十字架による、私たち罪人の救出が成し遂げられました。

 

春の満月の日、「イエスの時」(ヨハネ7:3013:1)が満ちる時、神の恵みが満ち満ちる時が到来しました。主イエスを中心とする新しい「過越の食事」に、多くの罪人が招かれました(マタイ9:9-13、ルカ14:13-14)。主イエスは彼らと共に、神を賛美し、御言葉を伝え、そしてパンと杯を配餐(はいさん)されました。その後、主イエス・キリストは十字架の丘で、「あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある(わざ)」(Ⅰペトロ2:9)をあらわされました。

 

取って食べなさい」との主の御声に、主イエス・キリストへの信仰をもってお応えしましょう。その時、私たちは罪と死から解き放たれて、光と命の世界へと救い出されます。私たちは、主イエス・キリストと共に生き、死に、そしてよみがえるよう、「招かれている」のです。

 

出エジプト記12:26-27 モーセがイスラエルの長老をすべて呼び寄せ、彼らに命じた――

 

26 「また、あなたたちの子供が、『この()(しき)(=過越祭)にはどういう意味があるのですか』と尋ねるときは、27 こう答えなさい。」

 

主イエス・キリストによる新しい「過越の食事」、主の晩餐(ばんさん)のことを、子どもたちもまた「招かれている」ことを語り伝えたいと願います。

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7月月報

説教 わたしは復活であり命である

ヨハネによる福音書 11章17節~27節   

               小河信一 牧師

 

説教の構成――

Ⅰ (とむら)いの(さい)(ちゅう)

Ⅱ 主イエス・キリストの宣言と臨在(わたしは……である)

Ⅲ マルタの信仰告白

 

本日は、ヨハネ福音書11:1-44「死んで生き返るラザロ」にまつわる出来事の第2幕を読みます。

起承転結〉――第1・2・3・4幕 の展開   

ヨハネ11:1-16 弟子との会話   ヨルダンの向こう側  遠隔

ヨハネ11:17-27 マルタとの対面 ベタニア ()(ぼう)    接近①

ヨハネ11:28-37 マリアとの対面 ベタニア 路傍    接近②

ヨハネ11:38-44 ラザロとの対面 ベタニア 墓・洞穴(ほらあな)  最接近

起承転結〉の展開の面では、〈()〉・初めで提起された、主イエスとの「遠隔」ならびに時間的「遅延」の問題が、〈(しょう)〉・受け継ぎの場面では、どうなったのか、に注目しましょう。

登場人物や場所が入れ替わりながら、クライマックスへと流れ込んで行く……見事な全体の構成になっているでしょう。ということで、今回はマリア・マルタの姉妹のうち、マルタが出て来ます。

ルカ福音書10:38-42の記事からマルタは、家事にいそしむ働き者タイプの女性として知られています。ベタニアに主イエスが来られるたび、一行(いっこう)をもてなすため、せわしなく動き回っているマルタの姿が目に浮かびます。実際、今回の場面でもマルタは、マリアに先んじて、主イエスを迎えに行きました。

そのような印象のあるマルタですが、ヨハネ福音書11:17-27では、彼女の「行い」ではなく「信仰」に光があてられています。では、第2幕〈(しょう)〉を読んでいきましょう。

 

Ⅰ (とむら)いの(さい)(ちゅう)

ヨハネ福音書11:17-18――

17 さて、イエスが()って御覧になると、ラザロは墓に葬られて(すで)に四日もたっていた。18 ベタニアはエルサレムに近く、十五スタディオンほど(およそ3㎞)のところにあった。(新共同訳 聖書引用・以下同)

まず気づくのは、第1幕〈()〉の「遠隔」(リモート)の問題が解決されているということです。

イエスが()って」、すなわち、イエスは今、やって来たのです(ヨハネ11:17,20)。主イエスは、困窮して人のもとへ近づいて来られるお方です。マルタがわざわざヨルダンの向こう側へ下って行く必要はありませんでした。

ベタニア村のすぐ外で(ヨハネ11:30)、村に来た主イエスと迎えたマルタ(ヨハネ11:20)の間に、出会いが起こりました。主イエスが訪ねて来られたという報に、マルタはすぐさま反応しました。

ただし、「ラザロは墓に葬られて(すで)に四日もたっていた」ということで、時間的「遅延」への回答は明確にされていません。いや、時間的「遅延」のうちに、「ラザロは死んでしまった」というように、取り返しのつかない事が告知されています。主イエスのヨルダンの向こう側での「なお二日間同じ所に滞在」(ヨハネ11:6)を入れると、六日以上の遅延が生じていました。

それは冷酷(れいこく)とも言える現実でした。何よりも主イエスご自身が、ラザロの死は動かし難い事実であることをご存知でした。本当に、手遅れになってしまったのでしょうか。

マリア・マルタの家は()(ちゅう)の家となり、(とむら)いの儀礼が進行していました。

ヨハネ福音書11:19――

マルタとマリアのところには、多くのユダヤ人が、兄弟ラザロのことで慰めに来ていた。

ベタニアのみならず、エルサレムなどからも、「多くのユダヤ人」が(ちょう)(もん)に来ていました。それは、ラザロの近親の人々を「慰める」ためでありました。「慰める」というのは、「(かたわ)らにいて声をかける」ということです。古今東西を問わず、人間はこの場面に向き合ってきました。

ヨブ記2:11―― 

さて、ヨブと親しい(ヨブの友人テマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人は、ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。

ヨブの子どもたちが急死しました。また、ヨブは全財産を失いました。そして、ヨブ自身、ひどい皮膚病にかかりました(ヨブ記1:18-192:7-8)。妻に「神を(のろ)って、死ぬ方がましでしょう」(ヨブ記2:9)と悪態をつかれ、ヨブは葬式を出すどころではなかったでしょう。

そこに訪ねて来たのが、「エリファズ、ビルダド、ツォファル」でした。ヨブ記3章-27章において、ヨブと彼ら三人との対話が行われます。

見舞い慰めよう」という句を解説しましょう。「慰める」ことはすでに、マルタたちを囲むユダヤ人たちの(おこな)いとして確認しました。私たちも弔問の大きな目的は、親族を「慰める」ことであると知っています。同時に、私たちはその場の()()めた重苦しさや、「(かたわ)らにいて声をかける」ことの難しさを理解しています。「エリファズ、ビルダド、ツォファル」はだからこそ、「(一緒に)相談して」、弔問の心構えをしたのです。

見舞い慰めよう」を私なりに意訳すると、「心を(やわ)らげ心を動かそう」となります。細かく言えば、原語・ヘブライ語で「見舞う」と「慰める」((La)(Nu)ード / (Le)(Na)ハモー)は韻を踏んでいます。つまり、()を見て、ヨブへの慰めを繰り返すというやり方であると分かります。ゆっくりと悲しんでいる人の「心を(やわ)らげ」、「心を動かそう」するのです。あせりは禁物(きんもつ)、相手の心が動き出し、変化するのを待つのです。慣例として、葬儀が「七日間にわたる」(創世記50:10、サムエル記上31:13)というのは、そういう意図があるのです。

ヨブと親しい」、すなわち、ヨブの友人という表現は、「エリファズ、ビルダド、ツォファル」がヨブに対し、友情または隣人愛を(いだ)いていたことを示しています。彼らはじっくり時間をかけるという忍耐深さと共に、ヨブとは一心同体であるという覚悟を持ち合わせていました。

ヨブ記2:13――

彼らは(なの)()(なな)(ばん)、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。

ヨブの変わり果てた姿、そして彼の苦痛は、友人たちの想像を絶するものでありました。今三人にできるのは、「隣人」であり続けること、(かたわ)らに()続けることでした。「七日七晩」、完全にヨブと一体となるのです。そうして、ヨブの心が和らぎ、心が動くのを待ったのです。

その後、ヨブは口を開いて嘆きました。そうして、ヨブと三人の友人との対話が始まりました。

七日七晩」……()に服す()みの期間……の()(ちゅう)に、主イエスはマルタのもとにやって来られました。果たして主イエスは、多くのユダヤ人たちが慰めに来ている中で、どんな「慰め」を与えてくださるのでしょうか? 主イエスに出会ったマルタが、主に語りかけました。主イエスはまず話を聴く側に回ります。

 

Ⅱ 主イエス・キリストの宣言と臨在(わたしは……である)

 ヨハネ福音書11:21-22――

21 マルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに22 しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています。」

前半11:21)は、やや(うら)みがましく、「しかし」、後半11:22)は、主イエスに信頼を寄せて、という形になっています。一貫していないのは、当然のことでしょう。兄弟ラザロが死んで、マルタは動揺しているのですから。

マルタの言葉の前半11:21)に関しては、こう言えるでしょう。

ラザロが死んだ四日前、確かに主イエスは「ここにおられなかった」、「しかし」今、主イエスは「ここにいてくださいます」。このことにマルタが目を開かれるか、どうかが大きな(かぎ)です。つまり、マルタがいつまでも「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかった」ことに(しば)られ続けるか、どうかということです。もちろん、ただちに兄弟の死の悲嘆から解放されるのは、難しいことです。

後半11:22)では、「イエスご自身の祈りに、神が必ず答えてくださるという信仰を、マルタが言い表しています」(松永希久夫)。イエスというお方は、「祈れない私のために、神に向かって祈ってくださる、そして神の御心に添って、イエスは私のために執り成し(ローマ8:34)、助けてくださる」という信仰が言い表されています。悲嘆のどん底でありましたが、マルタは確かに信仰をもって、今主イエスに出会っています。

ヨハネ福音書11:23――

イエスが、「あなたの兄弟は復活する」と言われると、

時間的「遅延」への回答がここに下りました。二日無駄にしたとか、六日も遅れたとかいうのは、天を見上げず、地ばかり見ている人の話です。神がその時を選ばれ、イエスがその御業を行われる時に、ラザロの「復活」が成し遂げられます。

マルタはじめユダヤ人たちが心に刻むべきは、「今、(すぎ)(こし)(さい)に近づきつつある」ということでした。「過越祭」という時に、主イエス・キリストは十字架につけられ、死にて(ほうむ)られ、そして三日後によみがえられます。「あなたの兄弟は復活する」という神の御業が、十字架の愛をもって成し遂げられます。

わたしたちの友(愛されている者)」(ヨハネ11:11)と呼ばれているように、ラザロは主イエスに愛されていました(同上11:3,5)。主イエスはその愛のゆえに十字架の出来事を全うされました。それによって、主イエスの愛がラザロへ注がれると共に、主の復活にあずかることが彼に約束されたのです。そのことが悲しんでいる姉妹に対して、宣言されたのです。

 ヨハネ福音書11:24-25――

24 マルタは、「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と言った。25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。」

人間の時間的判断という点で、マルタは「復活」を先送りしました。今ではなく(あと)で、「終わりの日の復活の時に」と思ったのです。それは、神学的・信仰的に必ずしも間違いではありません。というのも、再臨されたイエス・キリストと共に、信仰者がよみがえらされる(Ⅰテサロニケ4:16-17)と言われているのですから。

しかし、ここでより大事なことは、マルタが「わたしは復活であり、命である」と言われるお方の前に立っているということでありました。

わたしは復活であり、命である」言われるお方は、私たちの間に(くだ)って来られました(ヨハネ1:14)。将来の「復活」という希望が、主イエス・キリストの臨在、御言葉、御業において、今も現されています。私たちは……特に礼拝において……主の臨在にふれ、御言葉を聞き、そして御業に助け起こされています。「わたしは……である」(エゴー エイミ)というお方が、私たちの人生のさまざまな局面において寄り添っていてくださいます。

先に、愛と知恵に満ちた「エリファズ、ビルダド、ツォファル」がヨブを「見舞い慰めよう」とした物語を取り上げました。「彼らは(なの)()(なな)(ばん)、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった」(ヨブ記2:13)と書かれていました。端的に言えば、彼らはヨブを慰めることができなかったのです。

それに対し、ご自身の臨在をもって、「わたしは復活であり、命である」とマルタに言われた主イエスの御言葉は、まことの「慰め」でありました。

ハイデルベルク信仰問答――

問1「生きている時も、死ぬ時も、あなたのただ一つの慰めは、何ですか。」

答(抜粋)「主イエス・キリストは、その聖霊によってもまた、わたしに、永遠の命を保証し(エフェソ1:14)、わたしが、心から喜んで、この後は、主のために生きることのできるように、してくださるのであります。」

主イエスが「復活と命」であることが、力の源であり慰めであります。私たちはこの世にあって、「永遠の命」の豊かさに生きることが許されています。もはや死と罪の力を恐れることはありません。それが、今すでに「永遠の命を得ている」者(ヨハネ5:24)の豊かさなのです。

 

Ⅲ マルタの信仰告白

ヨハネ福音書11:26-27――

26 (イエスは言われた)「生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。(あなたは)このことを信じるか。」 27 マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」

「(あなたは)信じるか」、「わたしは信じております」……主イエス・キリストから問われ、主に見守られている中で、マルタは「はい、わたしは信じます」と答えました。

あなたの兄弟は復活する」……死からのよみがえりを、マルタは自分のこととして受け止めました。

マルタの堅い信仰は、「あなたが世に来られるはずの」という句にも示されています。

それまで多くのユダヤ人または信仰者が、救い主の「世に来られる」ことに関心を寄せてきました。マルタもその一人でした。そこで大切なことは、自分の信仰深さによってではなく、正しい信仰をもって、メシアを待望することでした。その際、彼女を教え導いたのは、人々に御言葉を宣べ伝える、神の預言者でありました。

「マルタが、イエスは『来るはず』だったと告白する時、自分の信仰を預言者たちの託宣によって裏づけているのである。だから、『メシア』からは、すべてのものの十全な回復と、完全な至福とが、期待されていなければならないことになる。」 

   (カルヴァン)

(きた)るべき方は、あなたでしょうか。」(マタイ11:3

その通り、マルタの前にいる主イエス・キリストが、「(きた)るべき方」です。

自分が来てほしいと願うから、ではなく、神の御計画と御心により、その方は「世に来られるはずの神の子」なのです。預言者はじめ信仰の先達が待ち望んでいたお方がベタニアに現れたのです。

この第2幕において、主イエスはご自身の臨在をもって、「わたしは復活であり、命である」と宣言されました。そのように、一人の女性に語りかけられました。それこそが、悲嘆に暮れていたマルタにとって、「慰め」でありました。

 

第2幕では、神なるキリストの自己啓示と人の信仰告白とがあらわされました。これを踏まえて、さらに第3-4幕〈転結〉では、実際に死または死人に向き合う主イエス・キリストの様子が力強く描き出されます。信仰をもって、私たちの予測を超える、恵みの出来事を読み続けていきましょう。

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